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Jokanスクール 第11回

こんにちは。歯科衛生士の沖舘です。
一雨ごとに暖かくなり、春の訪れが感じられるようになりました。季節の変わり目は、体調を崩しやすので体調管理をしっかり行いたいですね。

さて、先月東京で行われました第11回Jokanスクールを受講してきました。最終試験まで、もう少しと差し迫ってきています。この日は、試験に備えて筆記と実技の模擬テストが行われました。
自分のできていないところ、忘れていることをこのテストで確認することができ、日々の練習に役立てているところです。今は最終試験に向けて、毎日のように日課として行っているマネキン練習や学習発表の資料作成を行っています。

私がいままで書いてきたJokanスクールのブログは
「歯科衛生士を振り返りつつ前に進む」という
今年度(2014~2015年)のテーマにちなんで書いてきました。

今回は、1962年(昭和37年)5月30日に東京銀座に開設された【日本歯科美容研究所―日本スケーリングセンター】について書いていこうと思います。

【日本スケーリングセンター】は東京銀座の真ん中、和光ビルの「ゆきふやビル」の5階にオープンしました。
その頃開発された歯面のコーティング材料を応用した歯科衛生士の予防処置を中心に、歯科治療と矯正治療も行うシステムの歯科診療所でした。そこには、歯科医師2名、歯科衛生士11名が在籍していました。

この、【日本スケーリングセンター】を創設した飯野の想いはせっかく歯科衛生士が生まれたのに、一般の歯科診療所では治療に追われて、予防の大切さを知りつつも、そこではいわゆる助手のような仕事しかできない。それをなんとか歯科衛生士の臨床を主体としたものをつくってみたいと思ってこのセンターをつくりました。

ちょうど、TMラッキーという歯のコーティング材料が開発されたので、これにフッ化物を混入してスケーリングの後の歯面に塗って、予防歯科と美容歯科とを両立させたいと述べていました。

この頃は、池田勇人が首相であり、経済の高度成長政策に手がつけられた時期でした。国民皆保険がスタートをきり、歯科診療所は多忙をきわめており、人手が強く求められ、飯野のいうとおり、歯科衛生士はとてもそこで予防などに手をつけることなど難しく、もっぱら歯科診療の介助の仕事に追われている、という状態でした。

同じころ、東京渋谷の資生堂ビューティーサロンの一隅にデンタルチェアをセットして、同じようなことが始められました。このようなことについて歯科医師は、わりと冷たい目でみていたが、歯科衛生士たちにとっては、実際の仕事の場で自主的な活動の余地がほとんどなかったことを反映して、いろいろな期待をもってながめている者が多かったようです。
飯野はこのような診療所を全国各地につくりたいと考えていたようだが、実現できず、このセンターも長く続かなったそうです。

jokan

日本スケーリングセンターでの実際の様子

現在では、予防歯科は浸透し予防意識の高い患者さんが増えています。しかし、予防の大切さが広まるまでに多くの時間がかかってきたのだと読んでいて感じました。
昔の歯科衛生士は、予防の大切さを理解していたのに診療補助の仕事が中心で仕事に追われていたとは、知りませんでした。当時の、歯科衛生士はいろんな想いを持って目の前の仕事に取り組んでいたのではないでしょうか。

私はこれからも、予防の大切さ・患者さん自身で自分の口腔内を守ることの重要性を伝えていかなければと改めて思いました。

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